学習性無力感ー自分ではコントロールできない状況

私たちは仕事や学校、生活などにおいて”やらなければいけないこと”が日常に多くあります。仕事では目標の売上達成までの段取り、納期までに仕上げること、ホウレンソウ、ルーティンワークなどがあり、学校では定期テストやレポートなどの課題や宿題の提出、生活では料理や洗濯物、掃除などが”やらなければいけないこと”の例として挙げられます。

 

”やらなければいけないこと”というものの多くは、自発的に取り組み喜びを得る趣味などとは異なり、「あぁ、疲れるな」「乗り気じゃないなぁ」「早く終わらせたいなぁ」と、精神的な負担を伴いますよね。

(もちろん上記に挙げたことは例えばの話ですので、「楽しい」「そこまで負担とは思わない」と感じる事柄は人それぞれあると思います)

 

得意なことや好きなことは誰かの指示がなくても自発的に行動するでしょうし、課題として取り組む必要があったとしても、乗り越えることができる可能性は高いと思います。

 

ですが、もし自分が不得意だったり、あまり好きでない分野や事柄において自分がうまくこなしたり、対処することができない状況になった場合に多くの人はどうなるでしょうか?

 

 

 

皆さんはすでにご存じかもしれませんが、ここで心理学の実験を1つ紹介したいと思います。

1967年に心理学者であるマーティン・セリグマンとマイヤーという方が、犬を用いた実験を行ないました。この実験はある環境を用意して、その中で犬に対して不快感を生じる電気を流し、犬がどのような反応を見せるのかを観察した実験です。

 

まず、彼らは最初に犬を

①ボタンを押せば電気ショックを回避できる犬のグループ

②ボタンがなく、ただ電気ショックを受けて耐えるだけの犬のグループ

の2グループに分けて、しばらく電気ショックを与えることを行ないました。

 

そして、次の日に、真ん中に仕切りが置いてある箱を用意しました。この仕切りは犬が飛び越えることができる高さで作られており、仕切りを中心として片側には電気が流れる床、片側は電気が流れない床の構造となっています。

 

そこでまず①の犬(初日にボタンを押せば電気ショックを回避できることを学んだグループ)を電気が流れる側の床に置きました。①の犬は電気ショックを受けても、次第に真ん中の仕切りを飛び越えれば電気ショックを受けないことを学習し、電気の流れない側の床へ移動することができました。

 

次に②の犬(初日にボタンがなく、ただ電気ショックを受けて回避することができなかったグループ)を電気が流れる側の床に起きました。すると、②の犬は電気ショックを受けても仕切りを飛び越えるような行動を起こさず、その場にうずくまってしまい、ただただ電気ショックに耐えることしかできませんでした。

 

この実験を通して、セリグマンらは”何をやっても不快な状態から逃れられないこと(電気ショックを受けて、その不快な状態から逃れることができないこと)を経験して学んでしまった犬は、その状況を逃げ出す手段(仕切りを乗り越えて電気ショックを受けない側の床へ移動すること)があるにも関わらず、何も行動を起こさなくなることを発見しました。この何をやっても状況を変えることができない、自分は何をしてもダメなんだと、身動きが取れなくなることを”学習性無力感”といいます。

 

その後の研究により、この”学習性無力感”は犬だけでなく、他の動物たちにもみられ、人にも当てはまる現象であることがわかりました。

 

 

 

私たちでも自分ではどうしようもない状況、乗り越えられないと思う状況を経験すると、抑うつ的になり、意欲もなくなり、前向きな行動を起こすことが難しくなります。これはその人のストレス耐性や、生育環境、人間関係など様々な個人的要因に左右されますが、基本的には困難な状況を経験すると多くの人は抑うつ状態となってしまいます。

(かくいう私もその一人です)

 

例えば、恋愛や結婚は相手があってこそできることであり、自分1人だけで何でも行動したり、対処できるわけではありません。なんらかのトラブルや行き違いがあり、その関係が解消されたとき、「もう立ち直ることなんてできない」「やる気が全く起きない」「どうしたらいいのかわからない」「もう私を愛してくれる人なんていない」と、想いや情の強い関係だったときほど、悲観的になりふさぎ込んでしまう、そんな経験をされた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

 

冷静に考えれば、某元芸能人の方のネタで「地球上に男は何人いると思っているの?→35億」と、言われるように、恋愛できる可能性のある相手は身の回りやこの世界のどこかにいますし、恋愛というのは一度だけしかできないことではないのですが、失恋したときはいくらそう言われたとしても辛さが勝ってしまい、周りのことをみる余裕がなくなってしまいますよね。

(もちろん、そこまで思わない人もいますし、何を大切にしているかの価値観の個人差も大きいですし、無理に探して恋愛や結婚をしましょうということでもありません)

 

また、学校の試験でどうしてもできない科目があったり、試験をパスできない、成績が上がらない、受験に失敗したなどの状況を経験すると、すべての人に当てはまるわけではないですが、「どうせ勉強しても仕方ない」「頭が悪いから何しても無駄なんだ」「どうせ私なんか何してもできない」と、努力することや、勉強に取り組むことを諦めてしまうこともあります。

(得手不得手は誰にもでもありますし、すべてを努力するとかではなく、力を抜いたほうが良いことも世の中にたくさんあります)

 

 

 

”学習性無力感”とは聞きなれない言葉かもしれませんが、このように私たちの日常でも起きている、あるいは起きる可能性のある身近な現象です。

 

もし、このような無気力、抑うつ的な状況になった場合に、どうしたらこの状態を改善・回復することができるでしょうか?まず、改善に先立ち、この状態に至る場合には年齢や経験、育成環境、能力、性格などの個人的要因、その人がおかれた状況や人間関係などの環境・社会的な要因が複合的に関係してくるので、一つだけの解決策をあげることができないことをお詫びしておきます。

 

また、今回は長くなってしまいましたので、”学習性無力感”の概要についてのご説明で終りにしたいとおもいます。次回、この”学習性無力感”の状態、あるいはそれに近いような心の状態になった場合に、どうすれば改善できるのかについて、いくつかの方法やケースを述べたいと思います。

 

図もなく、稚拙な文で読みづらかった箇所もあるかと思いますが、お読みいただきありがとうございました。

 

 

優治院スタッフ

 

 

2020年05月03日